日吉町まちづくり推進協議会

三和之郷の紹介

当区は少数集落が5つ集ってできている。小区でより高齢化が進み70歳以上が40%も占めている。当区の現状としては、高齢化が進み戸数の割に面積が広く道路の整備、草刈り等が困難であり、町区の役員もいくつかの兼務がよぎなくされ、各方面にご迷惑をおかけする事が、一番頭を痛めます。

この地区の行事

年中祭事としては、・2月初午祭・4月神明神社祭(足又地区内)・7月津島神社祭(藤並地区内)・10月稲荷神社本祭(藤並地区内)などを行っています。

また、町の文化財でもある弁天池(弁財天)33観音は、当区の高齢婦人による御詠歌講の皆さんにより弁財天(5月) 33観音祭(秋彼岸日)を行っていただいています。

芦俣の三十三所石窟仏(みわのごうあしまたのさんじゅうさんしょせっくつぶつ)

宿洞から大湫へ行く農免道路の途中で、小道を少し登った所に、間口290cm、中央の高さ220cmという立派な石窟があり、中に三十三体の観音様と阿彌陀如来像、弘法像各一体がられています。この三十三体の観音様を三十三所観音といい、西国三十三霊場の御本尊を一か所にまとめて祀ったものです。一番の山から三十三番の谷汲山まで順拝するのが本来の信仰ですが、旅費や暇のない普通の人ではとてもできることではないので、三十三の寺の御本尊を一か所に祀って拝むことにより、同じをいただこうというものです。日吉には、ここの他に、本郷小高、小塩、白倉サバ口(雨降辻の上)南垣外増福寺入口、半原芹生田辻にも三十三所観音があり、市内には二十余か所にありますが、三和之郷のものは古さ(明和元年・一七六四)でも石窟の立派さでも市内屈指のものです。昔は、今の農免道路が道といわれ、大湫へ通じる大切な道でしたから、日吉・大湫・土岐・釜戸などの人が交通や仕事の安全、村中安穏を祈ってこれを祀ったものでしょう。

弁財天の池(べんざいてんのいけ)

古くから旅人に愛されてきたこの池は、天保年間(1835年頃)、当時この地方を治めていた千村家の一族、千村征重、重主らによって造られた池です。中の島に弁財天が祀られ、江戸時代の道中記にも載っている中山道の名所です。


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